
アインシュタインとパサデナ・グリーンプラザ
相対性理論を打ち立て、20世紀最大の物理学者とも言われるアインシュタインは、1879年にドイツで生まれ、「光電効果の法則」の発見によって、1921年度のノーベル物理学賞を受賞した。
しかし、ドイツでヒトラーが率いるナチスの勢力が台頭するにしたがい、ユダヤ系市民のアインシュタインは、さまざまな圧迫を感じるようになり、1933年には妻子とともにアメリカ移住を決意する。
このアメリカ移住に先立つ1930年と1931年に、アインシュタインはカリフォルニア州パサデナ市にあるカリフォルニア工科大学(通称カルテック)に招かれて、客員教授をつとめた。
カルテックのキャンパスの近くに赤レンガ造り二階建てのビルが建てられたのは1928年。カルテックの関連研究施設として使われていたため、アインシュタインがこのビルに出入りすることも多かった。一説では、専用の部屋を持っていたという。
このビルこそ、現在のパサデナ・グリーンプラザである。
(つづく)
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