日本経済新聞 2000年4月20日(木曜日)
最終面「文化」

タイトル:広がれ自作「輪タク」の輪
サブタイトル:東南アジア六カ国の港町試走、反応に手ごたえ
筆者:市川 隆
2次著作権保有者:日本経済新聞社 (無断引用・転載禁止)
【本文】
ベトナムではシクロ、タイではサムロー、インドネシアではベチャ、フィリピンではトライシクル……。どれも人力で客を運ぶ三輪自転車、いわゆる「輪タク」である。日本ではとうの昔に姿を消したが、アジア各地では今も走り続けている。先ごろ私は、それらの輪タクから想を得て完成させた二人乗り人力三輪車で、東南アジア六カ国の港町を走った。
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予想に反して生き残り
アジアを中心にビジネスの取材を重ね都市と人々の変わりようをルポし、雑誌などに発表してきた私がアジアの輪タクに興味を持ったのは約十年前。ちょうどアジア経済が急速に成長してきた時期だったが、予想に反して輪タクは半世紀前とほとんど変わらないスタイルで走り続けている。その理由を探る目的もあって、九九年の二月から輪タクもどきの自作を始めた。
昔の姿をただ復元したのではつまらない。既製の自転車を使って試作していくうちに、サイドカー方式に行き着いた。分解と運搬がしやすいのがポイントだ。
しかし、素人細工の改造には限界があった。そこで、自転車店を経営しながら高性能小径車のデザインに取り組む青柳晃氏に相談すると、四輪自転車を考案した長沼義雄氏を紹介された。私のアイデアと半年間の試走データが、二人のプロの技術とセンスによって、次第に形を持ち始めた。
結果、できあがった現代版輪タクは独自設計のアルミ製フレームを採用、通常の自転車に比べて二回りは小さい競技用の二〇インチタイヤをはき、前輪にはサスペンション、強力なブレーキと三段変速ギアを装備したハイテク型の人力式サイドカーとなった。名付けて「スーパーリンタ(Linta)」号、車体構造から運用法まで、輪タクにつきものの「苦」を取り除いた乗り物(「輪タク」−「苦」=「リンタ」)の決定版という意味だ。
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客船にっぽん丸に便乗
ちょうどそのころ、客船にっぽん丸が二月一日から一カ月かけて東南アジアを周遊することを知った。新しい「リンタ」の可能性を試す、またとない機会だ。幸いにも、にっぽん丸を運航する商船三井客船の理解が得られ、乗船がかなった。
東京を出帆して九日目。最初に上陸許可が得られたのはベトナム・ホーチミン市のサイゴン港だった。入港歓迎セレモニーに参加していたアオザイ姿の少女に隣に乗ってもらって、港の構内を一回り。じわじわと感動がわいてくる。
先に現地していた友人の写真家を脇に乗せ、いよいよ街の中心部へ。サイゴン川にでも飛び込むつもりで大通りに漕ぎ出す。バイクや自転車やシクロで並走する誰もが、好意を寄せてくれるのがわかる。街の中で停車し、座席を示して手招きすると、待ってましたとばかりに人が群がってくるし、若い女性も気安く横に座ってくれる。
走り疲れて休んでいたら、シクロのドライバーが近づいてきて、「ちょっと漕がせてくれ」。翌日は、サイドカー部分をはずして二輪で街を走ったが、別のシクロドライバーが「昨日のやつはどうした」と身ぶり手ぶりで聞いてくる。好奇心に溢れたベトナム人の笑顔には、未来に対する希望が感じられた。
次に反応がよかったのは、インドネシアだろうか。ジャワ島中部のスマランでは、港のゲートを出るとベチャが盛大に走っていた。ベチャ引きの一人は「それ、一台いくらするの?」と真顔で尋ねてきたし、下校中の少女たちはすれ違いざま「バグース!」(かっこいい)と歓声をあげた。
タイ、ブルネイ、マレーシアでは、「乗りませんか」と誘うと、はにかむ人もいたが、険しい目を向けられたことは一度もなかった。
最後の寄港地、フィリピンのセブでは、集団で客待ちをしているトライシクルの漕ぎ手たちと交流した。互いの愛車を乗り比べてみて向こうは一言。「おれのと交換しよう」。目が思い切り笑っていたからジョークだ。
今回のクルーズでもう一つ忘れられないのが、船上のドライブ。漕ぎ手の私は、左サイドに座った乗船客を視野の内に収め、会話を交わしながら、同じ潮風を感じて走った。人力で動き、しかも前後や上下がない車体の構造が、心理的にも並列の関係を作り出し、漕ぎ手と乗り手だけでなく、まわりの人まで優しい気持ちにさせることを、私は東南アジアの路上とにっぽん丸の船上で強く感じた。
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車いす対応に改良も
かつては日本でも、自動車の量的な不足を補うために輪タクが走った。今は、自動車の過剰と質的な不足をカバーする乗り物が求められている。西暦二〇〇〇年に完成した「スーパー・リンタ」は自動車が走れない場所をスポーティーに、漕ぎ手と乗り手がともに楽しみながら走るだろう。
スーパーを自称していても課題はある。たとえば、車いすのまま簡単に乗り降りできるようサイドカー部分を改良すること。人を運ぶ交通の道具であり、人と人の気持ちをつなぐ交流の道具でもあるリンタを、私自身が漕いで、活用の場を広げていきたいと考えている。(いちかわ・たかし=フリーライター)
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